三浦綾子作品で使われているオノマトペ“のめのめ”

難波真実

印象に残ったオノマトペ語句の5語目です。

優子や息子たちの手前、このままのめのめ帰るわけにもいかない。

三浦綾子『裁きの家』[三]

この語句は、今のところ(収録している18作品で)、『裁きの家』で2回、『死の彼方までも』で1回、合計3回使われています。

のめのめと俊之の女を訪ねて行って、ただ笑われて帰るだけではないだろうか。

三浦綾子『死の彼方までも』[六]

夫が滝江に、のめのめと金の無心をしたのではないかと、優子は言いようもなく情けない気がした。

三浦綾子『裁きの家』[三十三]

「のめのめ」は、小学館の『日本語オノマトペ辞典』(2007)では、「おめおめ」が類語として記されていました。
そうなんですね、この語句には、無為に過ごすという意味合いが込められているようです。
そしてまた、開き直るとまではいきませんが、気にしないで、というぐらいのニュアンスも感じられますね。
慎重さ、心配りなどが足りないさま、言い換えれば呑気、鈍感、あるいは厚顔といったような意味合いも見て取れる気がします。
私は使ったことがない語句ですが、皆さまはいかがでしょうか。

『死の彼方までも』も『裁きの家』も、初出は1969年の10月で、同時期の発表作品。
「のめのめ」は、三浦綾子さんがこの時期に使い始めた語句の1つといってもいいでしょう。

先日、『この土の器をも』(自伝小説)、『死の彼方までも』(現代小説・短編)、『裁きの家』(現代小説・長編)のオノマトペの集計を終えたのですが、『この土の器をも』の見出し語は137、『死の彼方までも』は79、『裁きの家』は231でした。
オノマトペの使用頻度は、『この土の器をも』が270回、『死の彼方までも』が143回、『裁きの家』が599回です。
それぞれの字数概算でならしますと、600字(本の約1ページ分相当)あたりの使用頻度としては、『この土の器をも』が0.74回、『死の彼方までも』が1.85回、『裁きの家』が1.57回です。
この数字は、『死の彼方までも』と『裁きの家』については、他の小説作品とほぼ同じ、三浦綾子作品としてはごくごく平均的な使用頻度ということになります。そして、『この土の器をも』は明確に低い。
これは、同じ自伝小説の『道ありき』0.84回、『草のうた』0.61回と並べてみると、なるほど、自伝小説は共通して使用頻度が低い傾向にあるなあと、見て取れるわけです。面白いですね。

作品名見出し語数合計使用頻度600字あたりの
使用頻度
『氷点』300語1,126回1.38回
『ひつじが丘』191語601回1.54回
『井戸』40語56回1.29回
『足』35語51回1.76回
『塩狩峠』238語641回1.47回
『雨はあした晴れるだろう』68語102回1.57回
『カッコウの鳴く丘』27語34回1.59回
『道ありき』自伝小説142語305回0.84回
『草のうた』自伝小説155語303回0.61回
『積木の箱』330語1,188回1.62回
『病めるときも』69語137回1.77回
『どす黝き流れの中より』80語130回1.68回
『奈落の声』118語202回2.46回
『羽音』42語61回1.40回
『この重きバトンを』60語77回1.53回
『この土の器をも』
自伝小説
137語270回0.74回
『死の彼方までも』79語143回1.85回
『裁きの家』231語599回1.57回

けれども、自伝小説での使用頻度が低いといっても、これまでの記事でご紹介したような、その作品でのみ使われているオノマトペ語句というのは、『道ありき』16語、『草のうた』18語、『この土の器をも』15語ありまして、決して少ないわけではありません。
そして、『裁きの家』は34語。これはやはり多いですね。もちろん、これから収録作業が進み、集計していきますと、当然他の作品でも使われるケースが出てきて、使用語数はそれぞれ減っていくわけですが、それでもです。
どの作品にも、新出語句があるわけです。私には、それが興味深いと申し上げたいのですよ。

作家さんには、それぞれの癖のようなものがあって、表現の仕方や文章の配列には個性が滲み出ることが多いのですが、三浦綾子さんもその一人です。
オノマトペの頻出ランキングも集計していますが、「じっ」「ふっ」「はっ」がTOP3です。
それでも、今回の「のめのめ」のように、新しく使い始める語句も相当数ある、それが面白いのですよね。作家さんの、工夫の一端が垣間見えるような気がします。

あまりいいニュアンスで使われていない「のめのめ」ですが、したたかに、しぶとく生きていくには、「のめのめ」と振る舞っていい場面もどこかであるような気がします。
では、また。

難波真実

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