印象に残ったオノマトペ語句の8語目です。
陽子が北原の腕の中で、ゆらりとゆれた。
三浦綾子『氷点』[とびら]
この語句は、今のところ(収録している18作品で)、『氷点』だけで使われています。
『氷点』は、三浦綾子さんのデビュー作であり代表作です。
1964(昭和39)年に、朝日新聞の「一千万円懸賞小説」で入賞し、その年の12月から朝日新聞朝刊で1年間にわたって連載されました。
連載開始直後の朝日新聞の発行部数は531万部(INTERNET ARCHIVE 元記事:朝日新聞社WEBサイト)ということですから、この数の読者に1年間、ほぼ毎日、自分の文章を届けることができたわけです。身震いするような体験ですよね。
今回の語句は、「ゆらり」。
なぜ印象に残ったかといえば、「ぐらり」ではなかった、ということに尽きます。
私の個人的な感想で本当に恐縮なのですが、ここで選ばれた語句が「ゆらり」であることに、感激し、尊敬の念を持つのですよ。
『氷点』をまだ最後まで読んでおられない方がいらっしゃるだろうと思いますので、この場面のことについてたくさんは述べませんが、
一言で言えば、ここで陽子は、その人生において、自身の尊厳と存在を脅かされるような出来事が起こるんです。文字通り、立っていられないような衝撃を受けます。
その陽子を支えているのが恋人の北原なのですが、その北原の腕に支えられながらも、陽子はゆれるわけですね。立っていられるような精神状況ではなかったと思いますが、単なるショックではなく、人生が崩れていくような、そんなダメージであったかと思います。
ですので、私なら「ぐらり」です。揺れるなら「ぐらり」です。
でも、三浦綾子さんが選んだのは「ゆらり」。非凡ですね。あ、私が平凡なだけか。失礼しました。
いやいやいや、やっぱり凄いと思います。
繰り返しになりますが、これがデビュー作ですからね。
これまでに実績のない、1年生作家です。
陽子が受けた衝撃と、その反応。
北原に支えられながらも揺れる陽子の姿。
その様子をスローモーションで描くような演出。
日が暮れてきて薄暗くなり、部屋の明かりを点けた直後。
そこに浮かび上がる、ほくそ笑むかのような夏枝の顔。
わずか一言なんですけれどね、この「ゆらり」が効いていると思います。
『氷点』で使われている見出し語は、ちょうど300。使用頻度は合計1,126回。
(過去記事をご参照ください)
約49万字もある長編ですから、使われている語句も単純に多いことでしょう。
でも、オノマトペの300種というのは、意識して使わないと達しない数字なのではないかと思うのです。これは、他の作家さんの作品で検証するしかありませんが、私にはそこまでする余裕がないので、どなたかがしてくださるのを気長に待ちます。笑
今日は二十四節気で「大寒」なのですが、珍しく暖気が入り、気温が緩みました。
明日の朝の路面はエライこと(ぼこぼこ or つるつる)になっていそうです。
では、また。
難波真実
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