三浦綾子作品で使われているオノマトペ“はた”

難波真実

印象に残ったオノマトペ語句の15語目です。

ここでまた、わたしたちはハタと行き詰ってしまった。

三浦綾子『この土の器をも』[十九]

この語句は、今のところ(収録している18作品で)、『この土の器をも』だけで使われています。

『この土の器をも』は三浦綾子さんの自伝小説です。
彼女の自伝小説は4つ、自伝的エッセイは2つ、計6作品あります。
幼少期を描いた『草のうた』、学生時代と教師時代の『石ころのうた』、教師退職後から結婚に至るまでの『道ありき』、結婚直後から『氷点』入選までの『この土の器をも』。ここまでが自伝小説。
そして、『氷点』から約10年間のことを記した『命ある限り』、その後の10年間を記した『明日をうたう 命ある限り』です。このシリーズはここで絶筆になりましたので、1999年の召天までの十余年が記されないままになりました。
とはいえ、散発的にエッセイなどが書かれていたので、その間の何もかもが記されていなかったわけではありません。
しかし、『明日をうたう 命ある限り』を読んで最後まで来ると、切ない、寂しい思いがするのもまた事実です。

さて、今回の「はた」ですが、なぜ印象に残ったかといいますと、
“音のかたち”と“文字の形”が気になったからですね。
以前の記事「三浦綾子作品で使われているオノマトペ“のめのめ”」で申し上げましたように、
三浦綾子作品で使われているオノマトペのTOP3は、「じっ」「ふっ」「はっ」です。
(ちなみに、「じっ」は18作品で317回、「ふっ」は17作品で289回、「はっ」は18作品で196回という、多さです。「ふっ」を唯一使っていない作品が、『この重きバトンを』でした)

このうち、「ふと」というカタチで使われているのが「ふっ」です。
「ふっと」から、「ふと」へ。

「ふと」は、本当に多いです。
まさに「ふとした瞬間」のごとく、気がついたら目に飛び込んできます。
それぐらいよく使われています。

ところが、「はた」は、この1回だけ(今のところ)。
不思議ですよね。
意味が全く同じというわけではないですが、どちらも“突然”という意味合いを強く持つ語句で、
心理的な転換を得意とする言葉です。

音の由来としては、
「ふっ」は、息を吹く、口をすぼめて空気を吐き出す「ふっ」から来ているようです。
対して「はた」は、物が当たるさま。「ばったり」も近い仲間です。
「はたと手を打つ」とか「膝を打つ」という言い回しがありますね。

そこで分かったわけです。
なるほど、意味合いは似ているもの同士だが、音の由来が異なるのだと。

でもですね、心理的転換のために使うのであれば、
「はた」も、もう少し使っていてもいいのじゃないか、そう思いませんか?

そのとき「ふと」思ったのが、音のかたちでした。
まさしく、音の由来となった、口をすぼめての「ふっ」です。
あ、そうか……と。
「ふと」思うときって、一瞬、時間が止まっていたかのような感じがしますよね?(私だけ?)
あの、頭の前のほうが、キュッとする(絞まる)感じ。
不機嫌になるときの「むっ」も、呻くときの「うっ」もそうなんですが、
「ウ段」って、すぼむんですよね。つぐむといいますか。閉まる、絞まる、締まる感じ。
身体的な動きや変化と連関するんだなあという発見になりました。

とすれば、「はた」は全く違いますね。
同じ心理的転換を含んだとしても、開かれている。
すぼんだり、つぐんだり、締まったり、閉じたりしていない。
手を打ったり、手で膝を打ったりすることからも分かるように、動作が大きくて、傍目に見えやすい。
「は」が「ア段」であることからも、口が開くわけです。

「ふっ」も「ふと」も、たとえ同じ空間に人がいたとしても、「ふと」するのは、独り。
あくまでも、その人だけの出来事。閉じた出来事。
逆に「はた」は、その人発信の出来事であって、仮にその場がその人1人だけであったとしても、
だれかがその波を受け取っても良いという、開かれたなにかがあるような気がします。
だれかがそばで、その「はた」を受け止めている、そういうイメージ。
エネルギー(の波動?)の向かい方が違うのかな。
「ふっ」「ふと」は閉じ込められ(その場に留まり)、「はた」は広がる、ということでしょうか。
いかがでしょうか?

今回の「ハタ」も、主語が「わたしたち」なんですよね。
綾子さんと光世さんの2人で受け止めた出来事なわけです。
そう考えると、言葉っておもしろいなあとあらためて思います。

今日の美瑛は冷え込みました。路面はツルツル。おっかない。
鶏もも肉が安かったので、初めてチーズタッカルビに挑戦してみました。冷蔵庫で眠っていたコチュジャンと、先日のキャベツの残りの活用です。
では、また。

難波真実

X(Twitter)@MasachikaNamba
mixi2 コミュニティ「#綾活」
Bluesky masachikanamba
三浦綾子記念文学館公式LINEアカウント@hyouten
三浦綾子記念文学館(公式)オープンチャット

コメント

タイトルとURLをコピーしました