三浦綾子作品で使われているオノマトペ“碌碌(ろくろく)”

難波真実

印象に残ったオノマトペ語句の18語目です。

「……クラスの人とは、ろくろく話もしないし、先生たちの話だって、きいているんだか、いないんだか、一度だって手をあげたことがあるの?……」

三浦綾子『ひつじが丘』

この語句は、今のところ(収録している18作品で)、『ひつじが丘』『塩狩峠』『積木の箱』『どす黝き流れの中より』の4つの作品で使われています。

これはもう、ネガティブイメージの言葉ですね。
私などは、説教されるときぐらいしか耳にしません。
イメージとしての対義語は、「ちゃんと」でしょうか。
「ろくでもない」の「ろく」は、本来は「陸」という字だそうですが、「碌」も結構使われていますね。
イメージとしては類似しているように思います。

『ひつじが丘』の「ろくろく」は、ヒロイン奈緒実に対して投げつけられた言葉です。
言い放ったのは、同じクラスの輝子。彼女は、この物語の最後まで登場します。
この一文の次は、

「……あんたの方が、よっぽど人をばかにしているじゃない?」

三浦綾子『ひつじが丘』

です。
同じクラスの京子のことを輝子がばかにしていることを、それはよくないと指摘した奈緒実に対して、輝子が逆ギレしたかたちなのですが、
意外と、輝子の指摘も的を射ており、特に最後の文章は、この物語の全体を端的にあらわしたものでもあります。やるな、輝子。
とはいえ、輝子は輝子で壮大なやらかしをしてしまうので、結局のところ、どっちもどっち。
京子も、担任の竹山も、奈緒実の夫となる良一も、みんなまとめて、どっちもどっち。
まったく、なんだかなあ、という人たちの集まりです。

物語の最終盤で、奈緒実は夏目漱石の『三四郎』のことを話題に出し、「ストレイシープ(迷える小羊)」という語句を口にします。
そう。この、どっちもどっちの人たちのことです。
読者は、そこで「ああ、そういうことだったのか」と合点がいくのではないでしょうか。
タイトルの意味も、奈緒実が話しているその場所も、ぴたっとつながる瞬間です。

そして、良一が描いた絵(彼は新聞記者ですが、絵も描いていました)ともマッチするんですね。
磁石のように、それまでの事柄がぴたぴたぴたっとくっつき合って、一気にエンディングを迎えるのが、この物語のおもしろさの一つです。

『ひつじが丘』は『氷点』の次の作品ですが、『氷点』が大ヒットしたとはいえ、作家としてはまだ駆け出しだったわけですから、よくぞ、いい2作目を出してくれたと拍手したくなります。
連載が「主婦の友」でしたので、『氷点』の朝日新聞とはまるで違うテンポでじっくり書き進められたこと、読者層ががらっと変わったこと、『氷点』の前に手記で入選した雑誌であったことなど、三浦綾子さんにとって、よいかたちで巡り合った機会だったのだと思います。

そして漱石の作品をはじめ、古今東西の世界の名作(聖書を含む)を読み漁って自分なりの視点をもっていたこと、それが物語の骨格作りに活かされたことなどが作品の完成度から伺えます。

ちなみに、『ひつじが丘』の「ろくろく話もしない」奈緒実は、三浦綾子さんの学生時代のイメージに少し似ています。自伝小説『石ころのうた』をお読みになると、その雰囲気がお分かりになるかと思いますので、ぜひ読んでみてください。先生方に緊張感を与えていた様子が描かれています。
もしわたしが、その時代の同級生だったら、おそらく怖くて近づかなかったのではなかろうかと考えることもあります。苦笑

明日から2月。年が明けてからもう1ヶ月が過ぎたのかと思うと、なんだか恐ろしくなりますが、何事も落ち着いて取り組みたいと思います。
では、また。

難波真実

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