三浦綾子作品で使われているオノマトペ“うずうず”

難波真実

印象に残ったオノマトペ語句の19語目です。

「……勉強より女子と遊びたくてうずうずしてるがな」

三浦綾子『塩狩峠』[あこがれ]

この語句は、今のところ(収録している18作品で)、『塩狩峠』だけで使われています。
もう1箇所は、

「……やはり心の底では、いまに何かやるぞというような功名心がうずうずしているんだ。……」

三浦綾子『塩狩峠』[トランプ]

という文です。
1つめの「うずうず」は、信夫の従兄である隆士が、信夫に対して話したこと。
2つめの「うずうず」は、信夫が、親友の吉川に対して話したことです。

隆士も吉川も、主要登場人物で、信夫の人生に大きな影響を与えました。
隆士は関西の人なので、セリフも関西弁です。信夫にとってはお兄さん的存在で、客観的な見方を教えてくれる人です。作家の中村春雨を信夫に紹介したのも隆士でした。あ、信夫を吉原に連れて行ったのも隆士です(その時の信夫がどんな様子だったかは、物語を読んでみてください)。
吉川は、小学校時代からの幼馴染。ある出来事がきっかけて仲良くなり、その後は無二の親友になりました。吉川は家庭の事情で東京から北海道に移ったのですが、二人は手紙のやりとりをし、交流が続きます。信夫が後に北海道に移住したときには、吉川の伝手で鉄道会社に勤めることになりました。

「うずうず」の2つともに共通する点が何かというと、
それは、“赤裸々(せきらら)”ということですね。
先ほど申し上げたように、二人は信夫の人生にとって大きな存在でした。
それは、このように、赤裸々に語り合える間柄だったからでしょう。
三浦綾子さんはエッセイ『ごめんなさいといえる』[私の創作の原点]でこんなことを述べています。

私が小説を書くための、いわゆる備えられた、目に見える環境というのはなかったと思います。でも、環境がいいとか、教育にいい環境というのは、心に響き合うものを持つ人間が近くにいるということでこれが、一番いい環境なんだそうです。いくらものを揃えてもらっても、そこに自分と話し合うことのできる家族やお友だちがいないということは、環境としてはあまりよろしくない。

三浦綾子『ごめんなさいといえる』[私の創作の原点](─心に響き合うものを持つ人間の近くにいること─)

綾子さんがおそらく常々意識していたことなのでしょう。
信夫はいろんな人と出会い、学びながら成長していきますが、赤裸々に語り合えたのは隆士、吉川ぐらいであったかと思います。後に恋人となるふじ子は、赤裸々というよりは、理想と希望を語り合う特別な関係ですし、同僚の三堀にも心の内をさらけ出しましたが、二人のような関係性ではありませんでした。伝道師の伊木も然り。幼い頃の六ちゃんも、そこまでの友人にはなりませんでしたね。

三浦綾子さんは、小説で多くのホームドラマを書きましたが、そこに共通する事柄として、“響き合うものを持っているか”という関係性が描かれます。
響き合うものを持っている関係性も、あるいは残念ながらそれが持てずに、言葉も気持ちも通じないという関係性も、どちらもたくさん登場します。
響き合うものを持っている関係性は、音楽でいえば、ドミナント(属音)からトニック(主音)に至る和音のように(俗にいう、起立・礼のときの和音)、素晴らしく気持ちがいい、晴れ晴れとするような感じがありますし、
逆に響き合うものが持てず、言葉も気持ちも通じない関係性は、ディミニッシュコードのような、どことなく不安を煽られるような気持ちがします。

三浦綾子さんは、精神性の高い作品を世に送り出しましたが、決して、理想だけを追求した人ではありませんでした。というよりは、非常にシビアな現実を描いた人です。“どうにもならない”現実をしっかりと描き、そこでもがき苦しむ人物の姿に、読者の私たちがハッとさせられる。そういう作風だと思います。
そのねらいは、やはり、読者の私たちに、響き合ってほしいと願ったからではないか、そのように思えるのです。作中の人物のようにではなく、願わくは、これを読んでいるあなたは誰かと響き合ってほしい、そして豊かな、意味のある人生を送ってほしい、そのように綾子さんが意識して書いたのだとすれば、その作品群に通底するテーマが、“ひかりと愛といのち”であることに納得がいくことでしょう。

今日の夕飯は、鶏肉のスパイス焼き。昨日の特売で買ったもも肉に、スパイスをまぶしてフライパンで焼くだけという超お手軽献立でした。
では、また。

難波真実

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